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2000年6月18日

午前0時からのパーティー開始。
皆さん、小一時間ほどで身支度して、ホテル一階のパーティールームへ続々集まってきます。部屋の中央にバイキング形式でお料理が用意されています。
各班ごとに座れるように、テーブルがセッティングされています。


隊員全員が集まって直ぐぐらいに、一足先にヤンゴンに戻って来ていた平沢さんが御登場。相変わらずすたすたと歩いて、中央上座の一段高く設えられた、ひな壇に着席。
平沢さんからの挨拶と説明が始まる。


「えー。。。」


今回のミャンマーでの点検隊をするにあたっての苦労談。
やはり国情の違いで、準備などに時間や手間を要したそうです。また。今回の点検隊の準備でお世話になったモ・キンエンさんという方の事。
残念ながら、モ・キンエンさんはお亡くなりになったそうです。あの、バガンにの
Sywesandow Pagodaの傍の、我々が建てたパゴダの碑にモ・キンエンさんの御名前を記したかったそうですが、事情により刻まないで欲しいといわれ記されていないそうです。(宗教上、習慣の違いによるものでしょうか)
でも、刻まれていると思って下さいということです。


そして改めて、ドミャーテさんの紹介がありました。

団長さんから今回のエラーカードの各班集計結果の発表がありました。我が班は真ん中辺の枚数。いっそ、全員が一枚づつ待って帰れるように最下位を目指した事もあったのですが、及ばずじまい。
枚数が一番少ない班が、平沢さんとのツーショット写真の権利を得るかと思いきや、ここからさらに変動あり。申し開きタイム開始。
17日に赤化ボードから金のプロペラを持ち去った班。
赤化のやり方のまずかった班は増えたりして。。。
結局、最初の通り一位の班は変わらずでした。


あっ赤眼になっちゃった。。。

食事を始めつつ、個人賞発表もあったりして楽しい一時でした。
個人賞では、我が班から二人が物品を貰っていました。
今回の点検隊で一番最初のスケジュールでやる予定だった、バンコクでのインタラクティブライブで配る予定だったあの、橋のギルドマークが白でプリントされた黒のナイロンリュックと、平沢さんが今回の旅行で使っていたポータブルCDプレイヤー。プレイヤーは貰った彼女の新ハンドル名が、彼女の希望によりサインされていました。
彼女は、バガンの我々のパゴダの碑に刻まれていた名前が本当なら「●●MI」と刻まれるはずが、なんと、「●●NI」になっていました。直して貰えるらしいが。。。彼女は、
「もういいよ、ハンドル『●●ニ』にするよ(笑)」
と言っておりました。
新生、タマニさんの誕生です。

楽しいパーティーは約二時間後、宴もたけなわの内に終了しました。
平沢さんはすたすたと会場を後にする姿を、我々の拍手で御見送りしました。

18日は午後4時まで各自で自由行動。
体調を崩して、寝込まれてしまった方や、オプションでヤンゴンの象徴、
Shwe Dagon Pagoda(シュエダゴォンパゴダ)へ行った人や、市場へ買い物に行った人などそれぞれ。

時間が来てホテルからヤンゴンの空港へバスで向かいます。
市内を走っている時、ピューさんからインやー湖や大学などの説明を受けながら。。。
空港へ着くと、先に走っていた2号車がもたついています。
見れば、空港から道を挟んで反対側からきている低い電線が、バス天井の突起に引っ掛かっていたのだ。
バスの前のドアによじ登り、手で電線をはずしてました。そして、1号車も同じく電線に引っ掛かっていました(笑)

約一時間のフライトの後、バンコク経由で成田へ。
バンコク辺りから腹痛を訴える人が続出。
成田まで腹痛を待って帰る隊員たちなのであった。


そして成田で解散。
アディオス。

6月17日 日記ヴァージョン


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