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2000年6月17日


今日はバガン最後の日。「ロタティオン」が行われる日なのだ。

朝食後、集合。団長から、「出発の前に昨日、赤化ボードに置かれたプロペラはどうなったか」という言があったが、「プロペラが盗まれました」とも言っていた。何事?
なんでも、朝方誰かが持ち去ったそうだ。
しかし、赤化ボードが置かれていた、B113の部屋の前で持ち去られたプロペラが回収され、あるべき場所へ戻された。赤化ボードの中央に回収されたプロペラは置かれた。
六つあった白やら黒やらのプロペラは、大きなただ一つの「金のプロペラ」に変化していた。
ボードに変化したプロペラを残し、ホテルを後にした。

午前中はバスに乗って観光。

Ananda Templeはバガン遺跡を代表する、最大かつ最も均整の取れた美しい寺院だそうだ。バガンでのパゴダ群はそのほとんどが煉瓦色、赤茶色なのだが、この
Ananda Templeはしっくいが外壁に塗られているのか、白っぽい外観なので、結構目立ちます。
内部の東西南北四方には大きな仏像が納められているが、内に二体は火事で焼けた為に後からまた納められたそうで、仏像の衣のひだの数が全然違う代物だった。
また、仏像の足下では祈りを捧げている人々がいた。


見上げて丁度良いように造られている


入口で金箔を売っていたので、それを仏像につける隊員さんあり。
ああ、この金箔を昨日持っていれば、Mr.Waiにあげられたかもしれないのに。。。
内部の回廊に描かれた、仏陀の一生の壁画鑑賞。
中から外を見ると、10キロ程先で雨が降っているようだ。灰色のカーテンが空から下りていた。

今度はバガン名品らしい、漆塗りの工房兼販売所に行った。
表では男の人がクルクルと道具を回して、木を器状に削っていた。だがこの削り機、器を支えている棒が真直ぐでない為、刃に当てがう中心点が移動する代物。これに合わせて削っていくのだから、かなり慣れが必要かと思われる。
また作業場の外の屋根下では、おじいが漆を塗っていた。灰色の泥状のものだ。
屋内で細工、つまり表面第一層の漆を削って、絵柄を浮かび上がらせる行程がされていた。細く細く刃先で削っていく作業は、若い子ばかりがやっていた。
女の子二人が並んでやっていたので、カメラを示し「OK?」と聞いたら、はにかみながら承諾してくれた。

作業所の隣が販売所になっていた。広くない店内に70人近い客が来るなんてことはないだろうな。。。
スタッフさんが座っていたお店のソファに腰掛けて、お茶を御馳走になる。団長さんは外を走りゆく、番号が書かれたタクシーを見て、「みんな、ダレちゃってますね〜数字見ても反応ないですもん」と言っていた。
そりゃそうだ。もう、勝負はついているのだから。
お店から、いっぱいお客さんが来てくれた(買ってくれた)お礼にと、漆塗りの小物入れを全員にくれたそうだ。(ありがとうございました)
きっと、二度と無い程の短時間高売り上げ記録だったのだろう。

昼食は昨晩雨に見舞われたレストランだった。メニューはバーベキュー。肉硬し。
ナプキンはそこはかとなく、湿っていた。。。


一旦、ホテルに戻って再び出発。


今度は馬車に乗って移動だ。いつの間にか、移動お土産商人も一緒に自転車で移動している。
舗装路を外れ、土の道をパカポコと散在するパゴダを見ながら、馬車は行く。やがて目的地に到着。そこは、Sywesandaw Pagoda(ダイヤモンド社発行「地球の歩き方30ミャンマー(ビルマ)」2000〜2001版、79ページ参照)
だった。
パゴダの前で隊員たちが並んだところで、SATO-KENさんがパゴダに向かってKINGを呼ぶと、パゴダ上部からKINGが登場。
KINGは声を張り上げ、「賢者の名前は分かったか?」と隊員たちに聞く。もちろん答えは
「さとけ〜〜〜んさ〜〜〜ん」
と隊員たちは答える。KINGは「SATO-KENさんが賢者とは信じられない!」などと大きな声でぼやく。


見よ!金のプロペラである

しかし、信じられないと言っても、KINGが御指名したのでしょうに。KINGは賢者SATO-KENさんに上がって来るように告げ、隊員たちにはCDトラック20を聴く準備をするように言う。わたわたとポータブルプレイヤーを取り出し、準備する素直な隊員たち。
パゴダの上ではヘルメット?のような物をKINGが掲げて「ロタティオナイザー」であると告げた。その物のてっぺんにあの金のプロペラを刺して、賢者の頭にはめられたというか、載せられた。

遂に、ロタティオンの時がきたのだ。

ロタティオンが見える。
私達は間もなく、キミ達の許へ帰還するだろう。
今こそ世界に真実を伝える時。今こそ物語の終わりを告げる時。
そしてキミ達はすべてを思い出す。私達が帰還する理由と、キミ達がここに来た理由を。
私達は知っていた。
キミ達が生きるこの時代に確かめられた、その強靱でエレガントな物質の到来を。
遠い宇宙からの落下にも耐え、嵐にも炎にも負けないその物質の到来を。
さあ、憶い出すがいい。
私達とキミ達の祖先が交した約束を。
私達が2000年もの間、その物質の到来を待つ事ができるように、あの時役人に石を持たせ、私達を肉体から解放したキミ達の祖先との約束通り、私達は今、帰還する。
最も強く、最も優雅な仏塔を造りたいと願った私達とキミ達の祖先の想いを、今叶えよう。
遠い宇宙からの落下にも耐え、嵐にも炎にも負けないこのセラミックの煉瓦を、今こそ仏塔にはめ込むのだ。
そして、完成された仏塔に、キミ達の名前とともにしっかりとこう刻もう。

「兄弟は怠け者では無い」

「村人は罪人では無い」と。

さあ、私達は帰還した。私達は今ここにいる。
仏塔を完成させ、物語を終わらせようではないか。

さあ、私達の許へ来るがいい


KINGの手の動きに合わせて金のプロペラはくる、くるくるっと回る。


「おおおぉぉっ!」と隊員から歓声があがる。
やがて、KINGはパゴダから降りてきて、こっちへ来るようにと合図をする。KINGの後ろに賢者SATO-KENさん、その後ろに靴を脱いだ裸足の隊員たちが後を追う。パゴダ正面から左の方に赤い絨毯が敷かれていた。その先にまた小さなパゴダがあった。
絨毯の前で、KINGは一番奥に腰をおろし、隊員たちも腰をおろした。
兄弟の帰還だ。


踊る弟


兄弟は踊りながら、パゴダの窪の二つの煉瓦が欠けていた部分に、煉瓦をはめた。
兄弟はKINGから火のついた煙草をくわえさせて貰って踊っていた。


兄(花をあしらってみました)


パゴダの手前にあった白い布が被せられていた何かが、兄弟の手によって布を取り払われてその姿を露にした。
私達の名前が刻まれた碑があったのだ。隊員から歓声があがる。
ここで任意で隊員のお布施が集められる一方、前に出てるように呼ばれたらしいKINGは跪き、兄弟の兄の方に、「がっし!」と頭を掴まれて眉間の上辺りに接吻されていた。

「ぎゃーっ」
あぁぁあ!」

隊員たちの奇声が飛び交う。KINGも笑っていた。。。(苦笑?)
そして、お金はクルクル巻かれ、兄弟の衣装に挟み込まれていった。もちろん、
KINGも楽しそうにやっておいでです。

踊りは終わり、KINGから碑の説明。煉瓦が無事はめ込まれて、兄弟は怠け者では無い、村人は罪人では無いと記されているとの事。そして、今回の点検隊参加者全員の名と、KINGこと平沢さん、団長高橋かしこさん、ケイオスユニオンの平野さん、SATO-KENさん、Waiさんの名前も記されていた。平沢さんの名前は金箔で装飾されていた。そして、
「KING WITH THE VILLAGERS FROM THE GLOBAL VILLAGE」
と一番下に刻まれていた。
素晴らしい。。。


説明するKING



このパゴダの前で、KINGと帰還した兄弟とで各班ごとに記念撮影が行われる。あんまり広く無かった為、カメラを持った人は後ろへ下がり過ぎ、危うく棘がある潅木に倒れそうになっていた。
最初、KINGはサングラスをかけたままでしたが、サングラスを撮って記念撮影に応じたりしていたため、「ずる〜い!」等と声が隊員から上がったりもしていました。しかし、KING暑そうだ。。。ハンドタオルで汗を拭き拭きしていた。

私達が造ったパゴダを、銘々が写真を撮ったりする中、KINGは少し場所を戻って設置されていたテントの下に行っていた。



本物のお坊さん4人が来て、お祈りをしてくれるのだ。パゴダができた事を、精霊に伝える為らしい。テントの下にはKINGやドミャーテさんを中心に、入りきれない程の隊員たち。また、その光景を見学に来たのか、いずれからか現地の人たちが集まって来ていた。ここでまたお布施を集める。
お坊さまたちの読経が始まる。


撮影:Mr.Wai


撮影:渡辺氏

全員『なむなむ。。。。』


全員が手を合わせ、たどたどしくもお坊さまの唱えるお経に声を合わせる。しばらく真剣に手を合わせていると、にわかに雨が降り出した。
その雨は直ぐに土砂降りとなり、風も出てきた為テントの中へ飛沫が吹き込む程。現地のスタッフさんが空いていたテント側面に布を張って雨を防いでくれようとはするが、そんなものでは追い付かない。隊員たちは、端の方にいた人も含め全員で真ん中に寄ったがどうにもならない。
テントの屋根のあちこちからボッタボッタの雨垂れ状態。テントの下で傘をさす隊員たちであった。前にいるお坊さまの衣は雨に濡れ、色が変わっていた。
KINGは笑っていた。
もう笑うしかない。ここは南国。雨降って当然なのだから。

読経が終わり、お坊さんが去った後、前にいたKINGはテントからスタッフさんに呼ばれて出ていった。
すると、見物の現地の人たちが水たまりの中を、物凄い勢いで駆けり集まっていた。Sywesandaw Pagodaから、先程集めたお布施を棟上げ式のように、まいたらしい。やんややんやの大騒ぎであった。
まき終えたKINGは、ズボンの裾を持ち上げながら水たまりの中を駆け、そそくさとバガンで活躍した怪しいワゴン車に乗り込んだ。
一部の隊員が水たまりを物ともせず、激写に駆け寄っていた。

あんなに降っていた雨が嘘のようだ。
泥びしゃになっていたサンダルを履き、バスに戻る。

渡辺さんが説明してくれた。今日の儀式で雨が降ったのは大変善い事。通常、儀式では最後に水をまく(降り注ぐ)のだが、今回は天から、満遍なく全員に水が注がれた為、大変善い事だったそうです。


パゴダを後にして、バスは発進した。

途中、僧院に寄らせて頂いたりして、お茶を御馳走になる。こっち、ミャンマーのお坊さんはタイ程戒律が厳しくないのか、女性が近付いても何ら問題は無いようであった。もちろん、触れたりはしてはいけないのだろうが。
僧院には三体の仏像があり、その内の一体は日本人の仏像だそうだ。お坊さんが見せて下さった帳簿には、日本人の名前と寄付金が延々綴られていた。分厚い帳面。そのような帳面が三冊もあった。
このバガンの一つの僧院に。


バガンを離れ、ヤンゴンに戻ってパーティーをする為に、バガン空港に戻ってきた。飛行機の離陸は午後五時半。我々が空港に到着したのは午後四時頃。
時間がある為、めいめいが土産物を買ったりして、空港内のお店は大繁盛していた。きっと二度とない程の高売り上げだっただろう。
ゾーリを買う人、ロンジーを見繕う人。。。

やがて登場手続き、及び荷物検査、身体検査をして「ここの方が涼しいですから」
とクーラーが効いた団体待ち合い室に案内された。
皆、疲れてはいただろうが、ヤンゴンに戻ってから開かれるパーティーに思いを馳せていただろう。
だがしかし、時間過ぎても一向に飛行機に載せて貰える気配無し。

ヤンゴンは嵐だったのだ。

ヤンゴンから飛行機が来て、その飛行機に乗って我々隊員が帰る予定だったのだが、その飛行機がまだヤンゴンを発っていないとの事。
飛行機は有視界飛行の為、陽が暮れると飛行は厳しいらしい。
なんという事であろうか。。。ここに来て足留めとは!!!

ちと辛いひたすら「待ち」の体制に入った隊員たちの前に、突然KINGが待ち合い室の扉を開けてやって来た。
いきなり色めきたつ隊員たちを尻目に、
「一足先に行きます」
と言い残してKINGは去っていってしまった。


くるりっ、すたすた



待ち合い室の窓を開けて隊員たちが見送る中、KINGはすたすたと歩を進め、プロペラの音と共に我々を置いて行ってしまった。
ヤンゴンは嵐だそうなのに、大丈夫なのだろうか。。。

更に時間が過ぎ、待ち合い室をでてベンチで仮眠する者、搭乗審査の場所を通り過ぎ、土産物屋に再び三度向かう者あり。
皆諦めモードに入ってきた。すっかり陽は落ちて夜の帳が降りているのだから。
ここで、お土産やさんの御厚意でお粥を御馳走して戴ける事になった。一度に60人余りは無理な為、半分ずつごちになりに行く。
空港施設を出て、暗い中、溝を飛び越えたりして進むと、すぐ傍のお家の外に机とベンチが用意されていた。ちゃんとカンテラも用意されていた中、御馳走になった。
カンテラは明るく、お粥は白い為、ぼたぼた小振りなカメ虫みたいなのがお粥にはまり込んでいた。
「おおっと、溺れちゃイケナイよ」
などと笑いながら熱いお粥を堪能しました。

御馳走になって、空港の待ち合いに戻ってしばらくすると、スタッフさんが入って来て待ち合い室の窓を開けると、
「ぶるるるるる。。。」
と低いプロペラの回転する音が聞こえてきた。ヤンゴンに戻れるのだ!一斉に拍手が広がり、喜びを露にする隊員たち。
気が急く隊員の中には、直ちに荷物を抱える人もいた。
当初の予定より、四時間経過していた。

やっと乗り込んだ飛行機のスチュワーデスは、腕組みをしてブスけた表情をしていた。やはり背高スチュワーデスだった。
本来なら、飛ばない時間帯なんだからむくれるのも無理ないかもしれない。。

飛行機はあんまり揺れる事なく、無事ヤンゴンに到着。
空港からバスに乗って、ホテルに到着。
全員が小部屋に入れられ、ホテルの従業員が飲み物を配る中、簡単なスケジュール説明。現在午後11時過ぎ。午前0時からパーティーを開くとの報せ。
めいめいが部屋の鍵を受け取り、部屋へ駆け込んだ。

洗浄しなくては。。。

6月16日 6月18日 日記ヴァージョン


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