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捏造された歴史を修復して本当の歴史を稼動させるために、「罪人」の我々が、罪人である事を思い出し、世界の用務員"庭師KING"(平沢)とともに、群立するパゴダの、あの荒野で「彼ら2人」を召還する秘儀「ロタティオン」を行わなくてはならない。
昔、海岸に流れ着き錬金術師に拾われた2人の兄弟は、超能力を獲得し、やがて王の率いる軍隊で活躍した。ある時その王が仏塔(パゴダ)を建設するために、国民に一人一つずつ煉瓦を持ち寄るように命じた。その命令に兄弟だけが、怠けて煉瓦を作らず、従わなかった。そのために2つ分の煉瓦が収まる所を残し、仏塔は完成した。これに怒った王は、例の2人の兄弟を罰するように役人に命じた。兄弟を罰する時、村人が役人に石を持たせたために、兄弟は死んだ。
そしてこの兄弟は精霊となった。民衆に奉られる37精霊の一員となったのだ。
今でも、37精霊の祭りが行われる。37体の偶像を河で洗うが、2精霊の偶像は役人の子孫にしか運べない。また、あの時役人に石を持たせた村人の子孫は祭りに参加できない。なぜならば、兄弟を死なせた「罪人」だからである。
しかしこれは、王の捏造である。民衆が崇める精霊は煉瓦も持ち寄らぬ「怠け者の成れの果て」である。しかし、これらの精霊さえも操れるのは王の子孫。
また、その精霊を殺めたのは民衆であり、未だ、その罪は払拭できないという事。霊的最高権威にあるのは、王であるという事。
未だ罪人である我ら。
2000年という月日は、罪人として生きるキミにはあまりにも永い。。。
朝8:30に成田第一ターミナルビルに集合。指定された集合部屋の前で、JSTさんが各人にパスポートと名札及び荷札を渡している。前回(1998年)と成田での手続き方法が変わっているため、各々でタイ航空カウンターに行き、荷物を預け、搭乗手続きをしなくてはならない。
各人手続きを完了した後、再び集合部屋にあつまる。時間がきて、説明の開始。今回の団長、高橋かしこ氏登場。そして、ケイオスユニオンの平野さん、JSTの勝俣さん、村山さんが紹介される。また旅行申し込み時に聞いていた通り、CDプレイヤーが活躍する事に。機中でCDを配付するので、物語りの進行中、数字を発見したらその数字のトラックを聴いて謎解きをしていくのだ。
今回の点検隊は、今までとは採点制度を変更し、「ペナルティカード制」を採用。加算制か減点制へと変わり、ペナルティカードが少ない班が「えらい」事になるのだ。数字に気が付かない班がペナルティカードを頂戴するのです。
あまり時間がないため、早々に班長を決め出国手続きをして、タイ航空機に乗り込む。我が班は支持と話し合いですぐに決まったが、他の班はジャンケンで勝った人が班長になったりしたようです。
今回の各人による搭乗手続きの為、点検隊員は機内でバラバラに。隊員に付けられた胸の名札を頼りに、JTSの村山さんがCDを配付。
「配られても、すぐに聴いてはいけませんよ」
と注意を聞いてはいましたが、守るワケがない。皆さんこっそり聞いています。CDは45トラックあり。KINGの語りあり、物音ありで45トラック。これを数字が示される度に聴かなくてはならない。そして次の段階へ進めるのだ。
この度の機はタイ航空だったため、機内食はお品書きの魚とチキンの内、タイ風カレーのチキンの人気高し。チキンカレー美味なり。
機中で班長より「12トラックを聴いて」との指示あり。ついでにまた他のトラック、つまり全部をエンドレスで聴いてみたりしつつ、寝てしまう私。
バンコクのドンムアン空港に到着。ヤンゴンへの乗り継ぎ便が約2時間後のため、集合場所と時間が決められ、一旦解散する。ここで厠に行く人あり、煙り部屋に煙草を吸いに走る人あり。結構時間があるため、隊員は空港内を徘徊する。
私も徘徊。店はバーツ表示やらアメリカドル表示やらであなどれぬ。ちょっと店を見た後、椅子に座って休憩。その後、時間近くになってから、集合場所へ進む。
簡単な身体検査機を通り、隊員達が集まっているところで暫く時間を潰す。
皆と喋っている時、私は妙な人に気が付いた。
待ち合い椅子に座っている赤シャツ、グラサンをして人物に赤いレーザーポイントが当たっているのだ。人ごみの中で。。。ここはタイ。あの怪しい人物はタイのヤ●ザ屋さんかもしれぬと思い、早々視線を逸らす。
ふと、周りを見ると隊員達がざわめいている。こそこそと班内で話をし、やおらCDを聴きはじめる日本人団体。傍から見れば、物凄く怪しいのは我々である。
しかし、この状況は何らかの数字が示された事を表わしている。
焦るが、数字がワカラナイ我が班。。。。
この時団長の高橋さんが回って来る。
高橋さん「CDは何番を聴きましたか?」
班長 「。。。聴いていません」
有り難くも早速ペナルティカードをゲットしてしまった我が班。幸先悪し。
実はこの時、気が付いていた班員もいたのだが、班長と話が出来なかったため、25トラックである事が班全体に伝わらなかったのだ。実は、あの椅子に座っていた怪しい赤シャツ氏が、Mr.Waiだったのだ。Mr.Waiが「25」という数字を持っていたそうなのだが、時既に遅し。
そしてMr.Waiも同じ機に乗り込んだ様だ。
少し気落ちしながら、機はヤンゴンへ向かう。
実は私は点検隊に行く前には、
「ミャンマーは持ち込みに厳しい、また空港で写真を撮ったら即没収である。」
と聞いていたのでかなりカメラの心配をしていたのだ。
だが、成田でのJTSさんからの説明で、ミャンマーでも「東南アジアのいい加減さ。。。」もとい、「おおらかさ」を感じ取ったので、カメラ持ち込みの申告をしない事にしていたのだ。
だがしかし、機から降りて他の方の入国審査を見ていたらば、結構厳しいではないか。一人一人のの審査に掛かる時間が長い。なかなか列が短くならない。
審査の後、審査人の後ろの役人がチェックをして、有無を言わさず300米ドルの強制両替をさせている。我々団体客は今回この強制両替を逃れられるのだが。
入国審査にやっと私の番がきた。
正に審査の職人。職員は審査カードとパスポートの項目を全部見合わせて鉛筆でチェックを入れている。だから時間が掛かるのだ。
トランクを受け取り、他の方々を待っている間、友達が写真を撮ってくれた。友達の背後には空港待機の軍人らしき者がいたが、こっちを見て笑っていた。
やはり、あまり硬くならずとも大丈夫らしい。まあ、見るから私なぞはアホ丸出しの旅行者である。あちらさんが注意を払うだけ時間の無駄でしょう。
しかし、手荷物検査は結構厳しかった。
でも、やり過ごして空港の外へ出て、バスに乗るのだ。
隊員が乗るバスは、日本で路線バスとして使われ、現役を終えミャンマーにやってきたもの。つまりはハッキリ言ってボロバス。手すりは使い込まれていて、ネッチリしている。空港からヤンゴンの主要道を走り、ホテルへ向かう。道中、ミャンマーから御一緒されるガイドのドミャーテさんや、渡辺さんという方の自己紹介があった。車も快調に飛ばしているが、ドミャーテさんは快調に日本語を操り、渡辺さんはこれまた超快調にオヤジギャグを飛ばしていた。
ミャンマーの首都であるヤンゴンであるが。。。暗い。
日本の無駄に明るいギンギンのネオン輝く夜に比べたらなんと暗いことよ。昔の日本もこのような感じなのだろうか。しかし、昔の日本はこんなではないだろう。ミャンマーは昼間は暑い所為か、やったらめったらふらふらしている人が多い。
そして車も多い。しかし路面はデコボコも多く、バスは大層よく揺れた。飛行機に乗ってて疲れた方は酔ってしまっていた。
また、バスはよくクラクションを鳴らす。正に、鳴らしまくるという表現がピッタリなほど、
「パー、パパーッ、パパパ----!!」
と鳴らしっぱなしである。ちょっと五月蝿い。
美しくライトアップされたシュエダゴォン・パゴダを見遣りながら、しばらくしてホテルに到着。
はっきり言って、疲れた。
イベントルームに通され、用意された夕食(深夜だが)をとってよしとのこと。
しかし、本日何度目の食事であろうか、勿体無いが殆ど食べられん。
その時、SATO-KENさんとMr.Waiが入ってきた。SATO-KENさんはすごいいでたちである。半ズボンに鉢巻き。後光の如く、後頭部から開いた扇子が見えておる。相変わらずの語りっぷりで、ガハハと去って行った。
ううむ、イベントは着々と進行している。がしかし、私は早うに風呂にはいりたい。ちょろりと食事を頂き、ガブガブとビールを飲み、さっさとチャットに両替をして、同じく用事を済ませた班の方々と別れ、部屋に向かった。
点検隊員の哀しい体質。
部屋に入って、先ずする事は非常時退路の確認ではなく、部屋の中を物色する事なのだ。これは点検隊参加経験者たる者は必ず、絶対にしなくてはならないのだ。
今回私と同室になったKさんも点検隊参加経験者のため、一緒に部屋を物色。机を見たり、ホテル案内のファイルをばさばさ開き、冷蔵庫を開け、クローゼットを確認。
「ないよねー」
等と言いながら、がさがさうろうろ。
しかし、風呂に水が張られ、浮かぶモノがあった。それは「4」と「5」の形の発砲スチロール片だった。

ぷか〜ん
「4。。。5。。。」
「54トラックはないよね」
「じゃ、45だ!」
と勝手に合点し、明日は4時起きで出発しなくてはならないので荷物の整理を始める。なにせバガンへはトランクを持ち込めないというので、分けて別の袋に詰めねばならないのだ。そんな事をしていたら、電話が鳴った。
「CD聴きました?」
同じ班のIさんであった。
「ううん、聴いてない」
呑気な返事をする私。
「あの、聴いてみたらですね、『部屋を出ろ』っていってるんですよ」
「分かりました。じゃ、出ます。ロビーに行きましょうか」
明日は早いから、早く寝たいのに。事前に「休んでいる時間はない」と聞いていた通り、本当に休めないのだった。
KINGの言葉に偽り無し。
ロビーへ下りてみると、隊員達がわらわらといた。見れば封筒を持ち、CDを聴いている。どこで封筒を得たのか?ホテルのカウンターの上に「4」と書かれた紙が立っていた。ここで封筒を受け取り、後からきた班員達と封筒に入っていた地図をみる。
簡素な地図が入っていた。

道と、バスと星と「17」と「18」の数字が書かれていた。ここで何かをするんだろう。しかし、この星マークは何?
班員であーだこーだと言っていたら、バスに乗るように言われたので乗り込む。
。。。しかし、なかなか発進しない。
しばらくはじりじりと待っていたが、そのうちもう一台のバスに乗り換えるように言われる。ひと班が集まらないようで、電話してもいないらしい。
一台のバスに50人近くが乗り込み、満員状態で出発した。
後から来ることになる ひと班さんはバス一台貸しきり状態になるようだ。
バスはちょっと走って停まった。隊員達は降りてわらわらとちらばる。ここからは地図を頼りに行動する事になる。
しかし、この地図がくせもの。地図で「17」「18」と示してあるところに行っても何にもない。ただの暗い路地である。ごんごん車が走る道を渡って来たとゆうのに、また道を渡る羽目になった。道を隔てた側の方で「なにか」があるらしい。あった。道ばたに怪しい黒いプロペラ売り(封筒付きだ)。

現地の人たちももちろん怪しがり珍しがりジロジロ見ている。売人と交渉して黒プロペラとまた地図が入った封筒を購入。地図の印は2つあるので、もう一個探さなくてはならない。
地図を見て、そのまま黒プロペラを買った路地をずんずん進む。しかし、地図通りに行っても無いのだ。(変な地図)
班員で「あーだ、こーだ」と言っていると、現地スタッフらしき人が案内してくれて、白プロペラ封筒おまけ付きを購入。
ようやく、二つのブツを入手した。
しかし、この地図は分かりにくい。
「まだなにかあるのか?」とうろうろしていたらば、地図に示された「無限大」マークのところで、サイカーに乗って、あるところへ行かねばならんらしい。
そこでなにが?
しばらくフラフラ運転のサイカーに乗り、行き着いた先はまたしても路地だったが、フラッシュがバシバシたかれている。これは、
KINGがいるに違い無い。

駕篭を上げ下げ中
ビルの4階部分のベランダにKINGとSATO-KENさんとMr.Waiが顔を覗けていた。KINGはなにやら浅いざる状の駕篭を上へ下へと、上げ下ろしをしている。
私達は到着したのが遅かったため、状況がよく分からない。
しばらくすると、ひと班づつお目通りをするために階段を上がるように言われ、ぐるぐると人ひとりしか通れないような階段を上がると、薄暗い部屋にKING達がおられた。KINGは
「明日は飛行機に乗るので、乗り物酔いする人は、よく休むように。」
と言われる。その言葉を聞き本日の疲れは一気に消失。
隊員に気遣いの言葉をくれるKINGの髪は、濡れていた。
今、ミャンマーは雨季なのだ。
全部の班がそれぞれKINGにお目通りした後、ホテルまで歩いて帰る。
あっと言う間にまた疲れが戻って来た。
ホテルの部屋に戻り、慌ただしく荷造りと入浴を済ませる。
休むと言っても、今日は4時にモーニングコールが鳴る事になっているのだ。
あと、2時間半しかないよ。
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